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  • 【特集】人間国宝 奥山峰石 傘寿までの軌跡

【特別インタビュー】
人間国宝 奥山峰石 傘寿までの軌跡

【特別インタビュー】
人間国宝 奥山峰石 傘寿までの軌跡




今年傘寿を迎えた奥山峰石氏の作品展が、都内各所で開催されています。
鍛金の世界に入って65年、人間国宝となって23年という奥山氏に、鍛金にかける熱い想いを伺いました。

元気の秘訣は仕事をすること。
作品を作り続けること。


――傘寿を迎えられましたが、これまでを振り返られていかがですか。

基本的にはいまも昔も変わりません。精魂込めてきちんとしたものを作ること。完全なものというのはできませんが、みなが見て、感動してくれるものを作りたいと思っています。

――鍛金の世界に入られて65年、人間国宝に認定されて23年。ますますその技が冴えわたってきているように思います。

いえ、作るのが大変になってきています(笑)。鍛金は、体力勝負のところがありますから。

――思い出深い作品はありますか。

そうですね、実は満足のゆくものはひとつもないのです。まあまあかな、って思ったことはありますけれど。
もちろん、それぞれに苦労したなと思う部分はありますが、もっとこうしたほうがよかったかな、と思ったり……。

――それは、いまなお常に上を目指しているということではないでしょうか。人間国宝に認定されて、意識は変わりましたか。


名誉ある称号をもらったからには、さらなる研鑽を積み、後進の指導にあたらなくてはいけないと思ってやってきました。
最近は、講演などもよく頼まれるんですよ。たとえば、私がやっているのは鍛金ですが、みなさん彫金と鋳金との違いもわからない。私の作品を彫金だと思っている方も多いのですが、鍛金です。一枚の金属板をひたすら叩いて作ります。区から頼まれて、中・高生にも教えたりしているんです。それと鍛金の世界をもっと知ってもらいたいということもあって、メディアで活躍する著名人と対談をしたり、一緒にゴルフをして親睦を深めたり、ファッションブランドとのコラボ作品も手がけています。こちらは(右図)、日本ファッション協会の仕事で手がけたオブジェです。デザインは故・岡本太郎先生。真ん中が空いていて、作るのにかなり苦労しました。

――鍛金自体が体力勝負、これに著名人との活動などが加わると、かなり多忙かと思われますが……お元気の秘訣はなんでしょう。

仕事をすることです(笑)。少しでもいいものを、と考え、作り続けることですね。それが体力維持にもつながっています。


職人と作家とでは
道具の使い方が違う。


――そもそもこの世界に入られたきっかけは、どういうことだったのでしょう。子どもの頃から芸術の道に進もうとされていたのですか。

とんでもない。生まれは山形県の新庄市で、東京に憧れがありました。15歳で東京に出てきて、鍛金の弟子を募集していたので、単に就職の意味で入ったのです。

――では、そこで初めて鍛金を?

そうです。笠原宗峰先生に弟子入りしました。毎日毎日、炭研ぎといって砥石や炭で銀器を磨くのが仕事でした。職人さんが作ったものを鑢(やすり)がけして、それから炭で磨くんです。いろいろな硬さの炭があって、磨くとピカピカになるんですよ。

―― 一生職人として生きる方もいらっしゃる中で、作家になろうと思われたのはいつごろですか。

オイルショックで仕事がなくなり、暇になって(笑)。で、ある銀器のコンクール(金銀工芸新作コンクール展 中小企業団体中央会会長賞受賞)に出品してみたのです。それを金工作家の田中光輝先生がご覧になって、「おい、お前あのくらい仕事が出来るなら展覧会に出してみろ」と言われて……。



――作家へのスカウト、すごいです。

それで週に1回、先生のところにお邪魔して、作家修業を始めました。そこで驚いたのが道具の使い方。職人と作家とでは、道具の使い方から作品に対する意識まで、ぜんぜん違うんです。叩き方も違う。勉強になりましたね。

――たとえば道具の使い方は、どのように違うのですか。

叩くものの下に入れるあて金にしても、職人は向こうから手前に入れる。田中先生は手前から向こうに向かって置き、被せて叩く。私もそれを見習いました。



――それによってどのような違いがあるのでしょうか。

効果と言うより、流儀ですね。使い方を変えることで、作家意識を高く持つ、ということなのかもしれません。作家に妥協は許されないですから。まあ、私は職人時代から妥協せずに時間ばかりかけて、採算が合わなかったこともありますけれど(笑)。



壁に並んだあて金は200本。
道具を駆使して形を作る。


――壁に並んだあて金は、それぞれ少しずつ大きさや形が違いますね。何本くらいあるのですか。

200本くらいですかね。


――このあて金の上に、銀なら銀の板を置いて叩くのですね。

あて金の形や大きさを変えることで、微妙なカーブが生まれるのです。基本的に叩いて立体にし、鎚目をつけたり、砂で荒らしをかけたりして調子を出します。メッキで色を出すこともあります。

――作品のモチーフは、自然の花や木々が多いように思いますが……。

生まれたのが山形県の新庄市ですから。自然が豊かな土地で育ったので、やはり山や自然のイメージが好きなのかもしれないですね。

――スケッチなどはされるのでしょうか。

スケッチもしますが、よく写真も撮ります。カメラが好きで、19歳のときに4000円しか給金がなかったのに、工面して12000円のカメラを買って撮っていました。友人と暗室を借りて現像したり、モデルさんを頼んで撮影したり。

――経歴を拝見すると、22歳のときに文京区産業観光写真コンクールで入選されていますね。写真はいまでも撮られるのですか。

出かけるときは、いつもコンパクトカメラを持っていきます。本通りではなく裏通りが好きで、家に帰る途中の路上で花が咲いていたら撮りますし、湯島天神の梅や、旧古河庭園など、バラの季節に行くとそれは見事で、よく撮影しましたね。最近ではもっぱら携帯電話のカメラで撮影しています。

――次なる作品のモチーフは月下美人ですか?

植物はよく見ると新しい発見があって楽しいです。





――たとえば酒器を作るときと、アクセサリーを作るときとでは、制作において意識は違いますか?


アクセサリーを作るときにまず思うのは、お洒落な感じにしたいということ。綺麗なものを作りたいということなのです。しかしそれは身体の上っ面を飾るということではなくて、身体の中から綺麗に、ということでもあるのです。身に着ける人を、ほっとさせられる作品が出来ればいいなと思っています。

――カトレアの魅力とはどこにあると思われますか。

カトレアはまさしく女性的なのです。男性の持っていないしなやかな美しさを持っています。そこが一番の魅力ですね。いかにして優美な姿に作り上げるかに苦心しました。鍛金は叩いてゆくわけですから、どうしてもベタッとした感じになってしまう。それでこちらは彫金の技法も使っています。形を作るのが鍛金で、細かい部分は鏨を使って彫ってゆきます。最後に金メッキを施して陰影をつけ、立体感を表現しました。


――フクロウの姿が可愛いですね。

シマフクロウをモチーフにしました。フクロウは人気で、それこそ木彫りから陶器までさまざまな種類の工芸品があります。耳のあるもの、ないもの、いろんな表現がある中で、耳のあるものにしました。だからミミズクではありません(笑)。

――フクロウのふわふわの毛まで見事です。

胸の毛は鏨を使っています。羽毛をもっと彫ると力強くなり過ぎてしまいますので、ほどほどにしました。フクロウは“不苦労”ということで、幸運を運ぶ鳥でもありますから、ぜひご愛用ください。




――実に上品で格調高いぐい呑みです。

ぐい呑みの形にしたら、先の丸い金鎚で鎚目を入れ、丹念に叩いて磨きます。桜の花は赤金メッキを、枝は、枝の形に彫ってから黒金メッキを施しています。花芯もしっかり作りました。

――重さも程よく、ひんやりとした銀の感触も素敵です。

鍛金は古来、武具や酒器、茶道などを作るときに用いられてきました。奈良時代の正倉院工芸にも見られます。飾っていただいてもいいですが、これで冷酒を呑むと、いつものお酒が何倍にも美味しく感じられるのではないでしょうか。





奥山峰石(おくやま ほうせき)
1937年山形県新庄市生まれ。52年、笠原宗峰師に弟子入りし鍛金の世界へ。75年第1回全国統一創作コンクール展で全時連会長賞受賞、77年、田中光輝師に鍛金師事。84年日本工芸会正会員に。同年、伝統工芸日本金工展で文化庁長官賞受賞。89年、日本伝統工芸展で高松宮記念賞受賞。95年重要無形文化財保持者(人間国宝)認定。97年、紫綬褒章受章。2007年、旭日小綬章受章。現在、日本工芸会参与、東京都北区名誉区民、山形県新庄市名誉市民に選定。
【奥山峰石傘寿展】

●8月26日(土)~9月3日(日)
●大谷美術館(旧古河庭園内 洋館1階)
●東京都北区西ヶ原1-27-39
(tel. 03-3910-8440)
【奥山峰石と北区の工芸作家展】

●9月9日(土)~10月9日(月)
●北区飛鳥山博物館(特別展示室・ホワイエ)
●東京都北区王子1-1-3
(tel. 03-3916-1133)

商品一覧

ぐい呑み

162,000円(税込)

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